世界各地の神話伝承で、時おりよく似ている物語を見出すことがあります。
その1つに、ギリシア神話のオルフェウスとエウリュディケーの物語と、日本神話のイザナギとイザナミのお話があります。
どちも、見てはいけないという約束を破ってしまったため、悲しい結末をむかえるというものです。
この記事では、それぞれの物語のあらすじを紹介し、なぜ似ているのかについて詳しく説明していきます。
オルフェウス神話のあらすじは?
まず、オルフェウスとエウリュディケーの物語のあらすじを簡単に紹介いたします。
オルフェウスは吟遊詩人で、竪琴の名手です。
オルフェウスが竪琴で歌うと、森の樹々たちは感動し、心ない野獣たちも静まり返りました。
オルフェウスにはエウリュディケーという妻がいました。
エウリュディケーに関しては、森の精であるニンフという説や、アポロンの娘とされることもあります。
ある日のこと、エウリュディケーは暴漢に襲われ、逃げていたところを、草むらに潜んでいた毒蛇にかまれ、亡くなってしまいました。
当然ですが、オルフェウスは悲しみに沈みます。
妻をあきらめきれないオルフェウスは、生身で冥界へ訪れます。
冥界を支配しているのはハーデスです。
ご存じのとおり、ゼウスの兄でもありますね。
ハーデスのもとへ赴くまでに、渡し守であるカロンや番犬のケルベロスに出会いますが、オルフェウスはその竪琴の音色で魅了しました。
ようやく、ハーデスと対面したオルフェウスは、妻を返してほしいと頼みますが、ハーデスは承知しません。
ですが、オルフェウスが竪琴を奏でると、ハーデスとその妻のペルセポネーは感動し、オルフェウスの願いをかなえることにしました。
ただし、冥界から出るまでの間、決して振り返ってはいけないという条件つきで。
オルフェウスは感謝し、エウリュディケーを後ろに従えて、地上へ戻ろうとします。
ところが、あともう少しで冥界から抜け出るというところで、妻が本当についてきているのか不安になったオルフェウスは、後ろを振り返ってしまいます。
すると、確かにそこにエウリュディケーはいました。
しかし、振り返ってはいけないという約束を破ったため、エウリュディケーはかすかな叫び声をあげ、そのまま消えてしまいました。
またもや悲嘆にくれたエウリュディケーは、もう一度冥界へと赴きますが、今度は渡し守のカロンが通さなかったため、二度と妻に会うことはできませんでした。
その後のオルフェウスの最期については、諸説あります。
エウリュディケー以外の女性を顧みなかったため、トラキア地方の女性にうとまれて襲われたとか。
ゼウスが秘儀が漏れるのを恐れ、雷でオルフェウスを打ったとも。
また、アルゴーの遠征に加わり、竪琴で荒波を静めたり、セイレーンの誘惑を打ち破ったりと、船にいた仲間を助けた話も有名です。
※詳細は次の記事を参照していただけれと思います。
サイレンの語源とは?由来となったのはギリシャ神話のセイレーン!
イザナギ神話のあらすじは?
続いて、イザナギとイザナミのお話です。
主に「古事記」の記述に従っています。
イザナギとイザナミは夫婦で、夫がイザナギ、妻がイザナギです。
イザナギとイザナミは協力して、たくさんの日本の島々と神々を産みました。
ところが、イザナミがヒノカグツチ(ホノカグツチ)を産んだとき、イザナミは炎に焼かれ亡くなってしまいます。
イザナギはイザナミに会いたいと思い、後を追って黄泉の国へ訪れます。
イザナギが来たことを知ったイザナミは、御殿からイザナギを出迎えます。
イザナギは「最愛の妻よ、あなたと共に産んだ国はまだ作り終えていないので、戻っていらっしゃい」と語りかけます。
イザナミは「それは残念なことをしました。私は黄泉の国の食べ物を食べてしまいましたが、あなた様がおいで下さったので、帰りたいと思います。黄泉の国の神様に相談してきますので、その間私をご覧になってはいけません」と答えます。
そして、イザナミは御殿へと戻ります。
しかし、イザナミがなかなか出てこないので、イザナギは御殿の中を覗いてしまいます。
すると、そこには、体中に蛆(うじ)がわき、頭・胸・腹・陰部・左手・右手・左足・右足の8か所に雷神を伴った、イザナミの姿がありました。
イザナギはその姿に驚き、逃げてしまいます。
イザナミは、私に恥をかかせたとして、黄泉の国の魔女を遣わしてイザナギを追います。
イザナギは、野葡萄やたけのこを生やしたり、剣を振るかざしたりしながら、何とか黄泉の国から脱出します。
途中からイザナミ自身もイザナギを追いかけますが、イザナギは黄泉平坂を大きな岩で塞いでしまいました。
岩の前で、イザナミは「あなたがこんなことをするのなら、私はあなたの国の人間を千人黄泉に連れ去ります」と言い放ちます。
対して、イザナギは「あなたがそうするなら、私は一日に千五百の産屋を立てて見せる」と答えます。
こうして、二人は決別することとなりました。
この後、イザナギは禊を行い、左目から天照大御神、右目から月読命、鼻から須佐之男命(スサノオ)が現れます。
それぞれに天・夜・海の統治を任せ、イザナギ自身は隠れることになります。
このエピソードも有名ですね。
オルフェウスの神話とイザナギ神話はなぜ似ている?
以上が、オルフェウスとエウリュディケーの神話と、イザナギとイザナミの神話のあらすじとなります。
どちらも、夫が「見てはいけない」というタブーをおかし、妻と永遠に別れることになってしまうという点で似ています。
では、なぜこのような類似点があるのか?
次に、考えられる理由を説明していきたいと思います。
「神話伝播」説
最もよく語られるのは、神話が伝播していったという説です。
見るなのタブーにかぎらず、世界各地の神話やおとぎ話で、数多くの似ている物語を見出すことができます。
例えば、旧約聖書に登場するノアの方舟のお話。
大洪水が起こってノアが脱出するという物語ですが、同じような話が世界各地の神話伝承で見受けられます。
特に、メソポタミア神話の大洪水の物語はよく知られています。
メソポタミア神話の大洪水伝説は最も古く成立したと考えられており、それが起源となって世界各地に広まったというのが、ほぼ定説になっています。
そして、オルフェウスとエウリュディケーの神話と、イザナギとイザナミの神話の関係についても、同じように考えることができるというわけです。
成立した時期から推測して、ギリシア神話から日本神話に伝わったと考える学者の方々が多いようです。
つまり、オルフェウスとエウリュディケーの物語が伝播し、形を変えてイザナギとイザナミの物語が成立したということになります。
「集合的無意識」説
人・モノ・情報などの移動があり、世界各地の文化が発展したというのは、よく言われることです。
神話に関しても、同じように考えることはできるでしょう。
一方で、各文化圏に接触があったとは考えず、世界の各地に似たような神話が存在するのは、もともと人間の根本的な精神構造を反映しているという考えもあります。
これは、ユングが提唱した「集合的無意識」という概念です。
ユングは、人間には個人的な無意識だけでなく、その奥の深層部分に人類に普遍的に共通する無意識があると考えました。
そして、人間の集合的無意識によって神話が生み出され、それは人類普遍のものなので、当然の結果として各文化圏の神話が同じような話になるというわけです。
私がユングの集合的無意識の概念を知ったときは、えらく感心しました。
神話を深く探求していくと、ユングの集合的無意識に必ず出くわします。
とても興味深くて、一時期ユングにハマったことがありました。
しかし、現代医学においては、集合的無意識に対してかなり懐疑的です。
そもそも、ユングの学説自体が非科学的だとして、痛烈に批判する学者の方々も多いです。
中には、オカルトやスピリチュアルでしかないという意見もあります。
ユングは、基本的に集合的無意識は個人の意識の深層にある普遍的な類型であると考えていました。
ところが、人間は集合的無意識の領域で互いに交流しあっているとも語っています。
そうすると、集合的無意識は個人の意識の外に存在し、それこそ宇宙や森羅万象 、超常現象といったものにつながってくるとも捉えられます。
しかも、ユングは集合的無意識で創造され蓄積されたものは、その後遺伝していくものだとも述べています。
ここまでくると、さすがに現代医学の観点からすれば、認めがたい話でしょう。
ただし、だからと言って、ユングの集合的無意識をオカルトでしかないと断じるのは、いささか早計ではないかと。
確かに、各々の集合的無意識が交流するとか、遺伝するという考えは、ちょっと理解しにくい発想でしょう。
ですが、個人的な無意識と、人類全体に共通する無意識があるという考え自体は、それほどおかしなものではないと思います。
実際、ユングは統合失調症の患者を診ていたときに、患者が話す不可解な物語が、彼が知っているはずのない神話と同じ内容のことをしゃべっているのに気づきました。
一見すると、患者たちの言動は意味不明なものですが、個人的な経験によって形作られる無意識とは別に集合的無意識があると考えると、このような現象も理解できます。
そして、人間の集合的無意識と神話が深い関係にあることも。
以上から、世界各地で語り継がれる神話は、人間に共通する深層心理である集合的無意識による産物であり。
似たような話が見いだされるのは、集合的無意識が人類にとって普遍的なものであるからというわけです。
正直、そうは言っても、現代の科学で立証できるものではないでしょう。
ユングの理論はとても興味深いものがありますが、なかなか理解しにくいところがあるのも事実です。
私もユングの理論はあまり理解できておりません(汗)
深く追求するとかなり込み入った話になるので、ここでは集合的無意識という考え方もあると知っていただけたらと思います。
まとめ
オルフェウスの神話とイザナギ神話にかぎらず、世界各地にはたくさん、似ている伝承や昔話があります。
なぜ似ているのか?について、神話が伝播していったという説と、集合的無意識による説を紹介しました。
一般的には、各文化圏の接触や交流によって広まっていったと考えが広く受け入れられているようです。
集合的無意識によって神話が生み出されたという説は、あまり大きな支持は得られていません。
個人的には、ユングの考えが興味深くて支持したいところです。
ロマンティックな響きはありますけどね。
もしかしたら、集合的無意識という概念も科学的に実証されるということがあるかもしれません。
かなり願望が入っていますが、そうなったらいいなと考えてしまうところがあります。