「無理が通れば道理が引っ込む」ということわざがあります。

道理に反することが当たり前になると、道理にかなった正しいことが行われなくなるという意味です。

日常生活でもよく耳にする表現ですね。

この記事では、「無理が通れば道理が引っ込む」の意味と由来、例文から類義語や対義語まで詳しく紹介しています。

無理が通れば道理が引っ込むの意味は?

「無理が通れば道理が引っ込む」は「むりがとおればどうりがひっこむ」と読みます。

力や権力などによって無理やりに事を進めると、正しい理屈や道理が通用しなくなる、という意味のことわざです。

強引な方法で物事を解決しようとすると、公正や正義が軽んじられるという警告を含んでいます。

また、正しい理屈が通用しない世の中ならば、自らの意見を押し通そうとするよりも、控えめにしておく方が賢いという考えも含まれています。

無理が通れば道理が引っ込むの由来は?

「無理が通れば道理が引っ込む」の由来はハッキリしていませんが、「江戸いろはかるた」にこの言葉が収められていることから、少なくとも江戸時代末期には広く知られていたことが伺えます。

「道理」とは、正しい判断や行動の基準、すなわち人が守るべき正道を意味します。

対照的に「無理」とは、その正道に背く行為や、正当な根拠のない行いを指します。

この背景を踏まえ、「無理が通れば道理が引っ込む」という言葉は、不当な手段や理不尽な行動が受け入れられるようになると、正しい判断や行動が軽視されるようになることを示しています。

そして、理不尽や不条理が横行する社会において、正義や公正がないがしろにされる状況を批判し、警鐘を鳴らす意味合いを持ちます。

また、正しい理由や論理が通じない環境では、自分の意見を述べ続けることの虚しさを指摘し、時には控えめに行動することの賢明さを説く側面も含んでいます。

無理が通れば道理が引っ込むの使い方は?

「無理が通れば道理が引っ込む」の使い方として、例文を5つ紹介します。

  • 社長の提案は明らかに無理があったが、誰も反対できず、まさに無理が通れば道理が引っ込む状況が生まれた。
  • 地域の開発計画に反対する住民の声は正当なものだったが、大企業の圧力により無視され、その結果、無理が通れば道理が引っ込むの典型を見た気がした。
  • 無理が通れば道理が引っ込むという言葉を思い出すたび、力による支配が正義を覆い隠す現実の虚しさを感じずにはいられない。
  • 学校でのルールが一部の生徒によって無視され続けると、無理が通れば道理が引っ込むが現実のものとなり、公正な環境が損なわれてしまう。
  • プロジェクトの方針について、上司の決定は根拠に乏しく無理があると感じたが、無理が通れば道理が引っ込むで、結果が見えている今、とりあえず従っておくのが賢明だと判断した。

無理が通れば道理が引っ込むの類義語は?

「無理が通れば道理が引っ込む」とよく似た意味を持つ表現として、次の3つを紹介します。

石が流れて木の葉が沈む(いしがながれてこのはがしずむ)

本来ならば軽いものが浮き、重いものが沈むはずの自然の法則が逆転することから、世の中の不条理や道理が通じない状況を表します。

理不尽な力が優勢になり、正当なものが抑圧される様子を比喩的に描写しています。

勝てば官軍負ければ賊軍(かてばかんぐんまければぞくぐん)

勝者がどのような手段を用いても正義とされ、敗者が不正と見なされるという、歴史の勝者による正義の相対性を指摘しています。

結果によって正義が決まるという、勝利至上主義の考え方を批判的に表現しています。

力は正義なり(ちからはせいぎなり)

物理的、社会的な力があればそれが正義とされるという考え方を示しています。

力を持った者が結局は正しいことになるという意味を持ちます。

無理が通れば道理が引っ込むの対義語は?

「無理が通れば道理が引っ込む」と反対の意味を持つ言葉としては、「道理に向かう刃なし(どうりにむかうやいばなし)」が最もふさわしいでしょう。

正しい理由や道理に基づいて行動すれば、どんな困難や障害も乗り越えられるという意味のことわざです。

正義や真実が最終的には障害を克服し、正しい結果をもたらすという信念を示しています。

「無理が通れば道理が引っ込む」とは逆に、道理や正義の力を強調し、正しい行いが最終的には報われるという視点を提供します。

どんなに強大な力に直面しても、正しい道を歩むことの重要性と価値を説く言葉です。

まとめ

「無理が通れば道理が引っ込む」は、力や権力によって不当なことが行われると、正しい理屈や公正が軽視されるという意味を持つことわざです。

歴史を通じて、そして現代においても、このような状況は数多く存在しますね。

このような状況に直面した時、声を上げることが困難で、不正に従うか、あきらめることを選ぶことがあります。

しかし、最低限の道理を守り、それが報われる社会を目指すことは、とても大切なことですね。

「無理が通れば道理が引っ込む」は、力による支配や不正義に対する批判と警告を込め、より公正な世界を望むメッセージとして受け取ることができるでしょう。