「切磋琢磨」という四字熟語があります。

学問や技術、人間性などを磨き上げるという意味です。

自分自身に対して用いることもありますが、複数人で努力する場面で使われることが多いです。

この記事では、「切磋琢磨」の意味と由来、例文から類義語や対義語まで詳しく紹介しています。

切磋琢磨の意味は?

「切磋琢磨」は「せっさたくま」と読みます。

互いに励まし合い、競い合うことで、お互いの技術や能力、人格などを高め合うことを意味します。

人と人との良い関係を通じて、自己改善や自己成長を促すという考え方を表しています。

切磋琢磨の由来は?

元々、「切磋琢磨」という言葉は、「切」「磋」「琢」「磨」の四つの漢字によって構成されており、それぞれが職人が素材を形作る際の特定の工程を象徴しています。

  • 切:骨を切り分けて形を整える行為
  • 磋:象牙を削り形を整える工程
  • 琢:玉を叩きながら加工する過程
  • 磨:石を磨き光らせる作業

これらの行為は、個人の学問や技術、そして人格を磨き上げるプロセスに例えられます。

学問や技能の向上だけでなく、自己の資質や能力を高める努力のたとえとしても使われます。

互いに競い合い、刺激し合いながら共に成長する概念を表す四字熟語となります。

また、「切磋琢磨」は、中国古代の重要な詩集「詩経」内の「衛風」に収められている「淇奥」という作品から引用されたものです。

衛風というのは、衛国の詩をまとめたセクションとなります。

この部分で、古代中国の優れた君主であった武公について言及されています。

有匪君子,如切如磋,如琢如磨。

という一節があり、現代語に訳すと、「切るように、磋ぐるように、琢つように、磨くように、自己を磨く優れた人物がいた」という意味になります。

この詩は、武公が自らを高める努力を、職人たちの手による精巧な作業や、その作品の美しさに喩えています。

武公は、周王朝時代の領邦国家である「衛」の11代目の支配者であり、自身を向上されることに熱心な統治者でした。

衛国の支配者として知られる武公は、その地位を継承する前に、深い家族の歴史を背負っています。

彼の父、釐侯は9代目の君主であり、その兄、共伯は10代目の君主でした。

武公は、兄の共伯を排除し、その後継として11代目の君主の座に就きます。

統治者としての武公は、その治世を通じて民衆の福祉を優先し、善政を施して国を安定させたことで知られています。

また、周の幽王が不幸にも暗殺された際、武公は周王朝の援助に駆けつけ、その功績により侯から公へと昇進しました。

切磋琢磨の使い方は?

切磋琢磨の使い方として、例文を5つ紹介します。

  • 学生時代から、彼らは互いに切磋琢磨し合いながら、それぞれの専門分野での知識と技術を磨き上げてきた。
  • 研究室では、若手研究者たちが先輩研究者の指導のもと、切磋琢磨しながら新しい発見を目指している。
  • 課長への昇進を果たしたが、慢心することなく、これからも切磋琢磨していこう。
  • 日々の練習に励む中で、チームメイトと切磋琢磨できる環境があるのは、本当に心強い。一緒に技術を磨き合い、お互いの弱点を克服する過程は、自分自身の成長にも繋がっている。
  • 小説家を目指す仲間たちは、毎月作品を読み合い、批評し合うワークショップを開催している。このように切磋琢磨することで、表現力と創造力を高め、各自の文才を磨いている。

「切磋琢磨」という表現は、立場が対等な人同士で使うのが適切です。

なぜなら、この言葉を目上の人に対して用いると、まるで「私たちは互いに未完成で、共に成長する仲間だ」と暗に示してしまうからです。

このように使ってしまうと、とても失礼になりますね。

そのため、互いに同じレベルにいるときに限り使用することが望ましいです。

また、「切磋琢磨」は、学問や技能の向上を目指す際に肯定的な成長や発展を伴うべきです。

その過程で人として後退するような結果を招く場合、この言葉を用いるのはふさわしくありません。

例えば、切磋琢磨して悪事をはたらくというような表現はおかしいということです。

切磋琢磨の類義語は?

「切磋琢磨」の類義語として、以下の3つ紹介します。

しのぎを削る(けずる)

競争相手と激しく争うことを意味し、切磋琢磨と同様に、互いに競い合いながら能力や技術を高めることを表します。

特にビジネスの世界やスポーツなどで用いられ、競争を通じて自己改善を目指す様子を描写します。

研鑽(けんさん)する

学問や技術などを深め、磨き上げることを指します。

自己の知識や技能に磨きをかけ、専門性を高める過程を意味しており、個人の内面的な成長や向上を目指す行為を示しています。

砥礪切磋(しれいせっさ)

文字通りには石を研ぎ、磨き、切り、削ることから、人と人を通じて互いに技術や人格を磨き上げることを意味します。

切磋琢磨の精神をより詩的に表現し、共に成長する過程の美しさや重要性を強調しています。

切磋琢磨の対義語は?

「切磋琢磨」の対義語も以下に3つ紹介します。

無為徒食(むいとしょく)

何もせずに日を過ごし、ただ食べて生きているだけのことを意味します。

積極的に努力や学びをせず、自己向上に励まない生活態度を批判的に表現しています。

酔生夢死(すいせいむし)

現実から逃避し、何の目的もなく日々を過ごし、夢の中で生き夢の中で死ぬことを象徴的に表す言葉です。

目標や野心を持たずに、ただ時間を浪費する生き方を示しています。

飽食終日(ほうしょくしゅうじつ)

一日中食べて過ごし、何も生産的な活動をしないことを意味します。

満足を追求するだけで自己の発展や成長に関心を寄せない生活様式を批判的に描写しています。

まとめ

「切磋琢磨」という表現は、個人や集団がお互いに競い合い、助け合いながら技術や人格を磨き合うことを意味します。

この精神は、互いに成長し、より高いレベルを目指すために重要ですが、目上の人に対して使用すると失礼にあたり、また、成果が自己の堕落につながるような状況での使用も適切ではありません。

正しい使用法を理解し、互いに尊敬と支援の精神で切磋琢磨することが、真の成長への道です。

一人で努力することもできますが、やはり励まし合える仲間がいると、挫折もしにくく、心強いものだと思います。