「老い木に花咲く(おいきにはなさく)」ということわざがあります。

一度衰えたものが再び勢いを取り戻すという意味で、特に年をとってからも活躍する様子を表すときに用いられます。

この記事では、「老い木に花咲く」の意味と由来、使い方から類義語や対義語まで詳しく紹介しています。

老い木に花咲くの意味は?

「老い木に花咲く」という言葉は、年を取った人が若い頃のような活力や才能を見せること、または晩年になってから素晴らしい成果を達成することを意味しています。

年齢に関係なく、人が素晴らしいことを成し遂げる可能性があることを示唆しています。

老いた木が再び花を咲かせる様子から、年を重ねても新たな価値を生み出すことができるという比喩表現となります。

また、略して「老い木に花」と言うこともあります。

老い木に花咲くの由来は?

「老い木に花咲く」の由来は、能の大家である世阿弥が記した「風姿花伝」に起源を持ちます。

世阿弥と父の観阿弥は、能楽の発展に大きく貢献したことで知られていますね。

「風姿花伝」では、能楽の修練における異なる年齢段階を詳細に説明しています。

これには、幼年期の愛らしさから始まり、青年期の輝き、壮年期の成熟、そして老年期に至るまでの7つの段階が含まれます。

特に、能楽役者の人生の終盤である50歳以上の老年期に関して、世阿弥は以下のように述べています。

このころよりは、おおかた、せぬならでは手立てあるまじ。
麒麟も老いては駑馬に劣ると申すことあり。
さりながら、まことに得たらん能者ならば、物数は皆みな失せて、善悪見どころは少なしとも、花はのこるべし

上記の文の意味は

この年齢に達すると、大抵は「無理をせずに」という方針が最善である。
「麒麟も老いては駑馬に劣る」という諺が示すように、避けられない現実がある。
しかし、能を真に極めた者は、見せ場が減っても何らかの「花」を残すだろう。

そして、これに続いて、世阿弥は観阿弥が50歳を超えて亡くなる前に演じた能について次のように評価しています。

その日の申楽、ことに花やかにて、見物の上下、一同に褒美せしなり。
およそその頃、物数をばはや初心に譲りて、やすき所を少な少なと、色へてせしかども、花はいや増しに見えしなり。
これ、まことに得たりし花なるがゆゑに、能は、枝葉も少なく、老木になるまで、花は散らで残りしなり。
これ、目のあたり、老骨に残りし花の証拠なり

こちらも訳すと

その日の演技は特に華麗で、観客全員が賞賛した。
亡き父は、多くの演目を若い世代に譲り、自らは控えめに演じていたが、その芸は老境に入ってもなお際立っていた。
これは真に習得した芸の証で、老木のように枝葉が少なくなっても、花は散らずに残る。
これが「老いても残る花」の明確な証拠である。

となります。

このような世阿弥の教えから、「老い木に花」という表現が生まれたとされています。

老い木に花咲くの例文をご紹介

続いて、「老い木に花咲く」の使い方として、5つの例文を紹介します。

  • 70代に入ってもなお、地域のテニス大会で若手選手と競り合う高齢者の姿は、老い木に花咲くの素晴らしい実例だ。彼らの活躍は、年齢を超えたスポーツの魅力を示している。
  • 定年退職後に新しいビジネスを立ち上げ、成功を収めたシニア起業家のストーリーは、老い木に花咲くの典型的な例だ。彼の経験と情熱は、多くの若い起業家にとって刺激となっている。
  • これからの人生で、まさに老い木に花咲くように、新たな挑戦をしてほしい。年齢はただの数字に過ぎず、あなたの経験と知恵はこれからの成功の鍵となるだろう。
  • 彼女が新たに書き上げたエッセイは、文学界における老い木に花の見事な例だ。80歳を超えてもなお、彼女の作品は革新的で深い洞察力を持っている。
  • 老い木に花のように、年を取っても新しいことに挑戦することが大切だ」と、私の祖父はいつも言っていた。その言葉は、私にとって希望の源となっている。

老い木に花咲くの類義語をご紹介

「老い木に花咲く」のよく似た意味を持つ表現として、以下の3つを紹介します。

埋もれ木に花が咲く(うもれぎにはながさく)

見過ごされていたり、忘れ去られていたりするものが、予期せぬ時に突然目立つようになる様子を表します。

例えば、長い間注目されなかった人が突然成功を収めたり、価値が認められたりする状況を指します。

隠れた才能や価値が後になって発揮されることを意味しています。

煎り豆に花が咲く(いりまめにはながさく)

通常は起こり得ないことが起こる、または期待されていなかったことが実現する状況を指します。

文字通りには、煎った豆に花が咲くという不可能なことから、予想外の幸運や成功を表現しています。

特に予期せぬ成功や幸運を強調する際に用いられます。

捲土重来(けんどちょうらい)

中国の成語で、失敗や挫折の後に再び力を蓄えて立ち上がることを意味します。

文字通りには「土を巻き上げて再び来る」という意味で、失った地位や名誉を取り戻すために再び努力する様子を表します。

逆境を乗り越えて再び成功を収めることを象徴しています。

老い木に花咲くの対義語をご紹介

「老い木に花咲く」の反対の意味を持つ言葉も、以下に3つご紹介します。

盛者必衰(しょうじゃひっすい)

「栄えている者は必ず衰える」という意味で、どんなに栄えているものもいつかは衰退するという世の常を表します。

「老い木に花咲く」とは真逆の意味を持ち、成功や活躍が永遠ではないことを示唆しています。

泡沫夢幻(ほうまつむげん)

泡や夢、幻のようにはかなく、一時的なものを意味します。

栄光や成功が一瞬のものであり、長くは続かないことを示しています。

驕る平家は久しからず(おごるへいけはひさしからず

「驕る者は長く続かない」という意味で、自己の力や地位に驕り高ぶる者は、その栄光が長続きしないことを表します。

平家の栄華が短命であったことから、成功や権力が永遠ではないことを教訓としています。

特に、栄光や成功が傲慢によって失われることを示しています。

まとめ

「老い木に花咲く」という言葉は、年を重ねた後でも素晴らしい成果を達成することを表します。

世阿弥が著した「風姿花伝」は、歳を重ねる中での美しさと生き様を見事に表現していますね。

彼が見た父・観阿弥の舞は、「老い木に花咲く」の深い意味を体現していたのでしょう。

年をとるのは嫌なことと考えられがちですが、毎日をポジティブに過ごしたいものです。

特に超高齢化社会を迎えた日本においては、示唆に富んだ言葉だと思います。