平安時代に陰陽師として活躍した、安倍晴明。
古くから伝記や伝承、文学作品に登場し、最近では映画やテレビドラマでも取り上げられ、その伝説は広く知られていますね。
ですが、史実と伝説がごちゃまぜになって、実際に何をした人物なのか、よく分かっていない部分も多いです。
平安時代の実在の人物ではありますが、その生涯は謎に満ちています。
そこで、この記事では、安倍晴明が実際に何をした人なのか、史実と伝説の両方から紹介していきたいと思います。
安倍晴明はズバリ何をした人?
安倍晴明は、平安時代の陰陽師として知られる歴史上の人物です。
今も日本の伝統文化や民間伝承において広く認識されています。
安倍晴明は、陰陽道の大家として、天文学や占星術、方位学などの知識を駆使し、当時の貴族社会で重要な役割を果たしました。
晴明は、占いや儀式を通じて、多くの貴族や皇族の信頼を得ています。
例えば、一条天皇の病気を治すための禊(みそぎ)を行い、また、深刻な干ばつの際には雨乞いの儀式を行うなど、その能力は広く認められていました。
また、晴明は天文道における計算能力も高く評価され、主計寮に異動し、主計権助を務めるなど、官職でも活躍しました。
かなり真面目な性格だったようで、勤務態度はとても良かったと言われています。
安倍晴明の名は、後世の文学や伝承にも多く登場します。
式神を使って朝廷に急報を送ったり、鬼や邪悪な力と戦ったりするなど、超自然的な力を持つ人物として描かれることが多いです。
また、彼の家系は、その後も陰陽道の家としての地位を確立し、ご子孫も現存しています。
ただし、安倍晴明の物語は史実と伝説が混ざり合っており、彼の実像を完全には把握することは難しいです。
ですが、平安時代の政治・文化において、重要な役割を担っていたのは間違いないようです。
安倍晴明の経歴は?賀茂氏との関係が欠かせない理由
安倍晴明は、平安時代に活躍した伝説的な陰陽師ですが、その生涯は謎に包まれています。
晴明の系譜について詳しいことは分かっていませんが、一般的には、大膳大夫の安倍益材(あべのますき)の子と伝わっています。
一部の記録によると、921年に生まれ、1005年に亡くなったとされています。
安倍晴明の経歴は、主に占い師としての活動に焦点を当れられることが多いです。
当時の貴族や皇族からの信頼が厚く、多くの占いや儀式を行っています。
また、先述したとおり、天文道における計算能力が高く評価され、官職にも就いています。
そして、安倍晴明が幼少期に陰陽道を学ぶ際、師匠となったのが賀茂忠行と言われています。
賀茂忠行は、同じく平安時代に活躍した陰陽師で、陰陽道の大家として知られています。
忠行は、晴明に陰陽道の基礎知識や技術を教え込み、彼の才能を育てる重要な役割を担いました。
晴明は忠行から学んだ知識を基に、自身の技術を磨き、陰陽師としての地位を確立します。
安倍晴明の功績は、後世に多大な影響を与えることになります。
賀茂氏と安倍氏は二大陰陽道宗家となり、安倍氏はその後も出世頭となり繫栄していくからです。
そういう意味で、晴明と忠行の関係は、平安時代の陰陽道の発展において重要なものとなるわけです。
安倍晴明の伝説をご紹介!
安倍晴明にまつわる伝説は色々あります。
ここでは、特に有名な4つのエピソードを紹介します。
酒呑童子の討伐
安倍晴明にまつわる伝説の中でも特に有名なのが、酒呑童子(しゅてんどうじ)討伐のエピソードです。
この物語は、平安時代の京都を舞台に、鬼退治の英雄譚として語り継がれています。
物語によると、京の都では姫君たちが次々と失踪するという不可解な事件が発生していました。
そこで、安倍晴明が占ったところ、大江山に棲む酒呑童子という鬼の仕業であることが判明します。
酒呑童子は、人をさらい、その肉を食べ、血を飲むという恐ろしい存在でした。
一条天皇は、この問題を解決するため、源頼光に酒呑童子討伐の命を下します。
頼光は、四天王と呼ばれる屈強な武士たちと共に、酒呑童子の討伐に向かいます。
そして、頼光たちは武装して酒呑童子の首をはね、手下の鬼たちも討ち果たしました。
この酒呑童子の物語はとても有名で、ご存じの方も多いと思います。
文学作品や芸能に影響を与え、今もなお語り継がれている物語ですね。
天狗の封印
平安時代、那智山に住む天狗が人々を困らせていました。
安倍晴明は皇太子師貞親王(後の花山天皇)の命を受け、天狗を封じる儀式を行いました。
この儀式によって、晴明は天狗を無力化し、地域の安寧を取り戻したと言われています。
また、この功績により、晴明は花山天皇からの信頼を得ることになりました。
カラスの正体の暴露
ある時、安倍晴明はカラスに糞をかけられた蔵人少将を見かけます。
晴明はそのカラスが実は式神であることを見破り、少将にかけられた呪いを解きました。
この出来事は、晴明がただの陰陽師にとどまらず、超自然的な存在を見抜く力を持っていたことを示しています。
葛の葉の物語
「蘆屋道満大内鑑」に登場する伝説では、晴明の父は安倍保名とされ、母・葛の葉の物語が語られています。
葛の葉は実は白狐の化身で、保名との間に晴明をもうけました。
しかし、葛の葉はその正体を保名に明かした後、信太森へ帰って行きました。
この物語は、安倍晴明の神秘的な出自を示すものとして知られています。
正直なところ、これらの伝説の真偽は分かりません。
特に安倍晴明の母が妖狐であったというのは、さすがに現在では考えられないですね。
ともあれ、これらのエピソードは、安倍晴明がただの人間ではなく、特別な力を持つ存在であったという伝説につながっています。
まとめ
安倍晴明は、平安時代の陰陽師として、その名を歴史に刻みました。
彼の生涯や業績は、史実と伝説が入り混じり、真実は謎に包まれたままです。
しかし、天文学や占星術、方位学などの知識を駆使し、貴族社会で重要な役割を果たしたことは間違いないようです。
今後も、映画やドラマなどの様々な作品で取り上げられることでしょう。
超常的な人物として描かれることが多いですが、今までどの作品も面白いものばかりだったので、ぜひ楽しんでくださればと思います。