北欧神話の主な神々はアース神族と呼ばれますが、その他にヴァン神族と呼ばれる神々もいました。

天地創造の後ほどなくして、アース神族とヴァン神族は戦いを始めます。
これが北欧神話における最初の戦争とされています。

なぜ両者の間に争いが起きたのかは北欧神話の様々な文献(エッダ)に記述がなかったりします。

ただ唯一、エッダの中でも最も有名な「巫女の予言」という詩に記述があります。
それによると、両者の争いの原因はグルヴェイグと呼ばれる魔女がアース神族のもとにやってきたことでした。

アース神族はグルヴェイグを不快に思い、彼女を3回焼き殺そうとしましたが、グルヴェイグはその度に生き返ります。
これを聞いたヴァン神族は怒り、アース神族に対して戦いを挑むことになりました。

このグルヴェイグという魔女の素性について、北欧神話の文献にはどこにも記述はありません。
おそらくはヴァン神族の一員と考えられています。

グルヴェイグは「Gullveig」と表記され、「黄金の力」という意味になります。
そこから、グルヴェイグは黄金を擬人化したものであり、黄金に目がくらんで堕落してしまう者たちが続出した様子を表現したものと考えられています。

また、ヴァン神族の女神であるフレイアと同一視されることもあります。

ヴァン神族が攻撃するのを見越したオーディンは、彼らに向かって槍を投げましたが、これによって戦争が始まりました。

戦況は一進一退で、なかなか決着がつかずに長引いてしまいます。
そのため、どちらの側も勝てないことが分かり、両者とも戦うことに疲れ果ててしまいました。

そこで、両者は和平を結ぶことにし、お互いに「尊い神」を差し出して人質交換をします。
アース神族からはヘーニルミーミル、ヴァン神族からは指導者のニョルズ(あるいはニヨルド)とその双子の子供であるフレイとフレイアが差し出されました。
この人質交換によって、ニョルズとフレイとフレイアはアース神族の一員となります。

また、ヴァン神族は魔法を得意とし、アース神族に魔法を伝えたともされています。

一方、ヴァン神族にやってきたヘーニルはミーミルがいないと全くの役立たずになることが発覚し、怒ったヴァン神族がミーミルの頭を切り落としてアース神族に突き返してしまいました。
ミーミルの頭は、その後オーディンによって薬草につけられ腐ることがないようにされます。
さらに、オーディンはまじないを唱えてミーミルに話す力を取り戻させて自身の知恵とします。

そしてこの一件から、ヴァン神族に関する記述はなくなり、神話の表舞台に登場することもなくなりました。
ヴァン神族がこの後どのような運命をたどったのかは不明ですが、アース神族と同化したものと解釈されることが多いです。

もともとアース神族は古代の北欧地域の戦士階級が崇拝していた神々でした。
それに対して、ヴァン神族は「光り輝く者」という意味があり、豊穣を担う神々で、主に農耕民が崇拝していた神々です。

アース神族とヴァン神族の闘いは、これらの民族の紛争が反映されたものと考えられることが多いです。
ヴァン神族が神話の表舞台から消え去ってしまったのは、ヴァン神族を崇拝する農耕民族がアース神を崇める戦士階級に征服されて取り込まれていったと解釈することもできるでしょう。